2009年06月18日

フルニトラゼパム (Flunitrazepam)

フルニトラゼパム (Flunitrazepam) 、化学名5-(2-フルオロフェニル)-1,3-ジヒドロ-1-メチル-7-ニトロ-2H-1,4-ベンゾジアゼピン-2-オン(5-(2-fluorophenyl)-1,3-dihydro-1-methyl-7-nitro-2H-1,4-benzodiazepin-2-one)、はベンゾジアゼピン系の睡眠薬で、1970年代前半にスイスのロシュ社によって開発され、1975年にヨーロッパで販売が開始された。日本では1984年3月に中外製薬、エーザイからそれぞれロヒプノール、サイレースの販売名で販売が開始された。現在、後発医薬品が各社から出ている。また、この薬はアメリカでは Schedule 4 の麻薬指定 (一部の州ではさらに厳しい、Schedule 1の麻薬指定) になっており、承認されていない。また、他国では、飲料に混入されたらわかるように、錠剤に細工を施していたり、何らかの味が付いていたりする。日本でも第2種向精神薬に指定されており、医師の処方箋なしでは入手することはできない。

フルニトラゼパムは他の多くのベンゾジアゼピン系薬剤と同様に、鎮静、抗不安、抗痙攣および筋弛緩作用を有する。鎮静作用ではジアゼパムのおよそ7?10倍強力であるとされる。経口投与時の効果発現はおよそ15?20分後で、1時間後に血中濃度が最高に達し、投与後12時間目までの半減期はおよそ7時間、消失半減期はおよそ9?25時間、作用持続時間は6?8時間で、ベンゾジアゼピン系の中では中時間作用型に分類される。効力(入眠効果)は他のベンゾジアゼピン系睡眠薬より強く、より深い睡眠が得られる。作用機序は、抑制性GABAニューロンのシナプス後膜にあるベンゾジアゼピン受容体に結合しGABA親和性を増大させることでGABAニューロンの作用を特異的に増強することによると考えられている。

フルニトラゼパムに過敏症の既往歴のある患者、急性狭隅角緑内障、重症筋無力症の患者には禁忌、呼吸機能が高度に低下している患者には原則禁忌である。

アルコール、中枢神経抑制剤、モノアミン酸化酵素阻害薬、シメチジンとは併用に注意が必要である。

副作用 [編集]
よく見られる副作用はふらつき、眠気、倦怠感等である。まれに健忘などがある。重大な副作用は、依存性、刺激興奮、錯乱、呼吸抑制、炭酸ガスナルコーシス、肝機能障害、黄疸、横紋筋融解症、悪性症候群、意識障害などである。特に、大量連用によって薬物依存を生じることがあるため用量を超えないように注意する。アルコールと併用(飲酒)すると中枢神経抑制作用が増強され、かつ肝機能障害のリスクが増大するため、併用は避けるべきである。
星と光たち
オリンピックの驚き
海のお話
ウサギの秘密
めの付く言葉
音楽歴史
まの付く言葉
バレンタインデー
たばこ禁煙
酒に飲まれて
皮膚科学
為替
アーチェリー
ボイスドラマ
九州
カポエラ
ビオトープ
縄跳び
包装
ソフトボール

乱用 [編集]
アルコールとの併用で比較的高い確率で健忘を引き起こすことがあるため、アメリカ、イギリスなどでデートレイプドラッグとして強姦等に利用された。被害者が健忘によって、薬を飲まされた間やその前後に起こった出来事を覚えていないことが多く、加害者が特定されにくかったためである。また、ヘロインやコカインとの併用で効果を高めたり変調することや、メタンフェタミン,アンフェタミンといった覚せい剤の使用によって起こる不眠などの副作用に対抗するために乱用された。このため、乱用が深刻となったアメリカではフルニトラゼパムは禁止薬物に指定されている。

「ドラッグ」としてのフルニトラゼパム [編集]
ヘロインやコカイン常用者(医療ではなくいわゆる「ドラッグ」として)はその効力を増強するためにフルニトラゼパムを併用するケースがある。以下に事例を示す(いずれも医学的・生理学的効果が実証されているわけでもなく、少なくとも日本国内においてはフルニトラゼパムが処方された場合、医師の指示した服用スケジュールを厳守しなければ、最悪の場合、不可逆的な依存性、本来の症状の増悪など深刻な結果をもたらしかねないことに留意する必要がある)。

深い「トリップ」状態を得るため(アルコールはフルニトラゼパムの効果を増強させる。カート・コバーンはフルニトラゼパムとシャンパンのカクテルを常用し始めたがその数週間後に自殺)。
ヘロインによるドリップ効果の増強。もしくは不眠や解脱症状などといった症状の緩和。
覚醒剤の副作用緩和(不眠、妄想、不安障害)。
コカインやメタンフェタミン過剰摂取の場合のバッドトリップ(いわゆる「ハイ」になることができず、悪夢のような不安増大ばかりになってしまうこと)の緩和。
性欲ならびに食欲向上。

2009年05月31日

ダフ屋はスポーツの試合やコンサートなどが開かれる事前に

大量にチケットや券を買い占めるケースが多い。主な理由として、大量に買い占めれば、観戦したくてもできない人が増え、それだけ自分たちが買い占めたチケットの価値や値段が向上するからである。

その購入方法として、チケット売り場に毎日継続的に数枚購入しに通ったり、大人数のホームレスを使って購入させるなどの方法が見られる。名古屋では栄の松坂屋の前に朝早くからホームレスが長蛇の列を作っている様子がみられる。ネットオークションに転売するために、大量のチケットを確保する人間を『チケットゲッター』と呼称されることもある。

また、ワールドカップの本戦やオリンピックなどの世界的な大会になると、ダフ屋自身もチケットを入手することが困難であるため、競技場周辺で急用ができて観戦することが不可能になり、チケットの処分に困った人のチケットを買い求める光景が見られることもある。しかしながら、その場合、転売目的でチケットを購入したわけでなくても、公の場でダフ屋に売ってしまえば、その人もダフ屋行為で罰せられる可能性もある。


売買 [編集]
ダフ屋から競技場周辺でうろついていたり、「チケットを買います」などのプラカードを持った人に声を掛ける場合が多い。しかし、自らダフ屋に声を掛けてチケットを求めてくる人もいる。

しかし、そこで直接チケットの売買が行われるわけではない。近年、警察当局の取り締まりが強化しているため、ダフ屋がチケットを持たなくて、どこか遠く離れた場所に保管し、そこで交換するというものである。

人気商品の購入 [編集]
ニンテンドーDS、Wiiなどの人気商品は、品薄を予測し、また購入希望者が多いことを予測し、事前に同商品を複数購入、または予約券などの実際に商品となっていない物を入手、ネットオークションなどに転売する行為が行われている(大手の家電量販店や玩具店ではほとんど「お一人様一台限り」としていて買占めの防止をしている)。
サプリ 海外留学 産業 美容室 信越北陸 矯正 SEO対策 育児 マンション 趣味 老人 冠婚 ぜん息 園芸 ステイ ホテル 外国語 水族館 若返り エージェント バスト 分譲 リラク 転職 住まい 整体 お土産 健康 飲料水 語学 公園 生涯学習 生涯学習 予約 養毛 キャンプ場 若返り 法人設立 仏具 離婚 損害保険 整体 菜園 教材 乗物 資格 旅行 ダイエット 特産物 育毛


オークションサイト側で転売目的が許可されていないにも関わらず、この行為は公然と行われており、その結果品薄状態が続き、一般消費者の元へ商品が渡りにくくなる原因にもなっている。

本来の意味とは違うが、こういった行為も、ダフ屋行為として見るべきという意見がある。

無料の整理券 [編集]
このように古くからスポーツイベント、あるいはコンサートなどの有料で販売されているチケットにおいて、これの転売行為がダフ行為として取り締まられていたが、2005年日本国際博覧会では「サツキとメイの家」という『となりのトトロ』にちなんだ人気パビリオンの予約整理券(無料)では、事前にコンビニエンスストアに設置されたLoppiなどのチケット販売機などから大量予約され、2005年4月分が予約開始から1時間で完売するなど僅かな時間で予約枠が満杯になり、これがインターネットオークション上で数千円?4万円で売買されたり、同オークションシステムを利用しているインターネット通販の販売店が商品に添付する景品として利用するという事態が発生している。

この問題により一般の入場者は整理券の入手が困難となり、逆にパビリオンでは一日800人の予約枠一杯に占有されたチケットが実際には利用されず来場者がまばらとなったため、急遽「転売し損ねて来ないであろう予約」を見越して1割ほど予約人数枠を拡大したり、一度に最大6人分まで予約可能としていたのを4人分に制限する・同万博の前売り入場券に記載された整理番号を添付しないと入手できなくするなどの方策を打ち出した。

このような販売されているわけではない整理券はいわゆる「チケット」ではないとして、またインターネットオークション上は東京都条例で定める「公共の場所(施設)」ではないとして、同問題に警視庁では2005年9月にダフ行為を禁じた東京都条例が適用できないとした[3]。

同博覧会終了後、この展示は愛・地球博記念公園に引き継がれたが、やはり整理券の扱いが問題となっており、不当に売買されたものと確認された場合には入場を断る[4]としている。

このような無償で提供される整理券は元来、特にダフ行為の定義には当てはまらないものではあったが、同事件以降には度々似たようなケースもみられるようになり、整理券配布元が転売行為を禁じるなどのアナウンスを行ったり、あるいは不正な整理券の入手として購入者が締め出される可能性も報じられている

2009年04月28日

ソ連は全体主義国家とも呼ばれたが

ソ連は全体主義国家とも呼ばれたが、崩壊後は、国民からソ連時代を懐かしむ声が上がったと言われている。最終的には破綻をきたしたものの、宇宙開発や軍事面においてアメリカと肩を並べる大国に成長していた「偉大で強い祖国」だったソ連時代は、確かに国民は監視社会で窮屈だったが、一方で社会保障制度も整備され、日常品も質は悪いが安い値段に抑えられるなど、収容所(ラーゲリ)で強制労働に従事させられていた政治犯や思想犯を除いた一般の人間にとっては、最低限の生活も保障されていた。

ソ連崩壊後のロシアでは資本主義の急速な進行により、新興財閥など一部の富裕層以外は厳しい生活を強いられており半ば外国資本に旧ソ連時代の富を強奪されていると不満を感じる国民の間では、急速に愛国主義・民族主義が高まりつつある。

1990年代には、始め民族主義政党ロシア自由民主党が大きく議席を伸ばし、その後自由民主党が凋落するとロシア連邦共産党が議席を伸ばし、議会第一党になり、エリツィン政権を脅かした。しかし、共産党が政権を奪取することはできなかった。

ウラジーミル・プーチン政権誕生以降は、プーチンによる新興財閥解体や愛国主義的政策が国民に広く支持され、全体主義ならびにプーチン政権の与党である統一ロシアによる一党独裁(あるいはプーチンの個人独裁)への回帰が強まっている。2008年現在、国会に議席を持つ4党のうち、野党と呼べる存在はロシア連邦共産党のみである。ロシア自由民主党は政府に買収されており、公正ロシアは「第二与党」と言われている。

また、2000年代に入り、豊富な天然資源により国力が急速に回復し、再び超大国としての地位を手に入れつつある。

ソ連崩壊後に出現した政権は、いずれも市場経済化を標榜した。ただし市場経済への移行は一朝一夕には進まず、旧ソ連諸国家を含めた東欧では1990年代を通して経済状況が進展しなかったことから、モルドバなどにおいて、東欧革命によって一旦は退席した旧共産党系政権が政権の座に復帰する事態もしばしば現れた。

ただし2000年代中頃までの中期的な視野に立って見た場合、ソ連の衛星国だった東欧諸国の市場経済化は概ね達成され、2004年にはスロベニア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランドと旧ソビエ

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ト連邦構成諸国家のうちバルト三国のリトアニア、ラトビア、エストニア、合わせて東欧7ヶ国が欧州連合(EU)加盟を果たした。2007年には、ルーマニア、ブルガリアがEUに加盟し、かつてのソ連の衛星国はすべて欧州連合の一員となっている。特にスロベニアは既に国民一人当たりの国内総生産(GDP)がポルトガル、ギリシャを上回っており、スロベニア系企業の東欧諸国への進出も活発である。

またCIS諸国の中では、ウクライナではソ連型社会主義への回帰をはっきり謳うウクライナ共産党が一定の勢力を維持している一方で、2004年大統領に就任したヴィクトル・ユシチェンコは将来的なEU入りを掲げている。しかし、その後の選挙で親ロシア派政党が政権を執るなど、現在も政治的混乱が続いている。

2009年04月13日

熱田神宮

熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社である。

祭神は熱田大神であり、三種の神器の一つである草薙剣(くさなぎのつるぎ。天叢雲剣)を神体としている。同項に詳しいが、剣は壇ノ浦の戦いで遺失したとも神宮に保管されたままとも言われている。

相殿に天照大神、素盞鳴尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命を祀る。

創建は不詳だが、景行天皇朝には、すでに土着の信仰神として存在していたらしい。

官幣大社、式内社(名神大)で、建物は伊勢神宮と同じ神明造であるが、1893年(明治26年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式であった(氷上姉子神社に尾張造の建築様式が残っている)。社務所に当たる組織は熱田神宮宮庁と呼ぶ。その他施設に、宝物館、熱田神宮会館、能楽殿。熱田神宮の敷地内には愛知県神社庁がある。

東海道名所図会に、熱田大神宮と記載される。

海道記に、熱田の宮の御前を過ぐれば、とある。

東関紀行に、尾張の國熱田の宮に到りぬ、とある。また、

或人の曰く、「この宮は素盞嗚尊(すさのをのみこと)なり、初めは出雲の國に宮造りありけり。八雲立つ〔(*「)八雲たつ出雲八重垣妻籠に八重垣つくる其の八重垣を(*」)(古事記)〕と云へる大和言葉も、これより始まりけり。その後、景行天皇の御代に、この砌(みぎり)に跡を垂れ給へり。」と云へり。又曰く、「この宮の本體は、草薙と號し奉る神劒なり。景行の御子、日本武尊と申す、夷(えみし)を平げて歸りたまふ時、尊は白鳥となりて去り給ふ、劒(つるぎ)は熱田に止り給ふ。」とも云へり。と記載されている。

祭神 [編集]
熱田大神(あつたのおおかみ)とは草薙剣の神霊のこととされるが、明治以降の熱田神宮や明治政府の見解では、熱田大神は草薙剣を御神体とする天照大神のことであるとしている。しかし、創建の経緯などからすると日本武尊と非常にかかわりの深い神社であり、熱田大神は日本武尊のことであるとする説も根強い。

相殿には、天照大神、素盞鳴尊(すさのおのみこと)、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命(たけいなだねのみこと)と草薙剣に縁のある神が祀られている。素盞鳴尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上した。天照大神は、その草薙の剣を天孫降臨の際に迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けた。日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けた。宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀った。建稲種命は宮簀媛命の兄で、日本武尊の蝦夷征伐に副将として従軍した。


歴史 [編集]
第12代景行天皇の時代、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国造乎止与命(おとよのみこと)の娘宮簀媛命(みやすひめのみこと)と結婚した。草薙剣を妃の手許へ留め置いた。日本武尊が能褒野で亡くなると、宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斉鎮守したのが始まりと言われる。そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に常に置かれるようになり、伊勢神宮に次ぐ権威のある神社として栄えることとなった。

大宮司職は代々尾張国造の子孫である尾張氏が務めていたが、平安時代後期に尾張員職の外孫で藤原南家の藤原季範にその職が譲られた。以降は子孫の藤原氏・千秋氏が大宮司、尾張氏は権宮司を務める。なお、この季範の娘は源頼朝の母である。

明治元年(1868年)には熱田神社から熱田神宮に改め、明治4年(1871年)5月14日、熱田神宮は官幣大社に列格した。「三種の神器の一つを祀る熱田神宮は、伊勢神宮と同格であるべきだ」という主張が熱田神宮の中にはあり、同年7月には大宮司・千秋季福が伊勢神宮に準じた待遇にするよう国に請願し、却下されている。次に大宮司となった角田忠行も同様の請願を続け、明治22年(1889年)までに伊勢神宮に準じた神璽勅封・権宮司設置などが認められた。

それまで熱田神宮は尾張造という尾張地方特有の建築様式で建てられていたが、明治22年、伊勢神宮と同じ神明造による社殿の造営が計画された。また、熱田神宮の国への働きかけにより、明治23年(1890年)9月、社格を離脱して伊勢神宮と同格にする旨の勅令案が閣議に提出された(案の段階では熱田神宮を「尾張神宮」に改称する事項も含まれていたが、これは外された)。しかし、この勅令案は否決され、熱田神宮の社格の件は従前の通りとすることとなった。その背景には伊勢神宮の反対があったという。神明造による社殿の造営は進められ、明治26年(1893年)に竣工したが、この社殿は太平洋戦争の空襲により焼失した。

昭和20年(1945年)の終戦直前、神体である草薙剣を守るために飛騨一宮水無神社への一時的な遷座が計画されたが、8月15日の終戦により一時中止された。しかし、今度は上陸したアメリカ軍に神体が奪われる虞があるとして、8月21日、陸軍の協力を得て計画通り神体が水無神社に遷された。同年9月19日に熱田神宮に戻されたが、そのときにはすでに陸軍は解散していたため、神職が鉄道で移動した。社殿は伊勢神宮の式年遷宮の際の古用材を譲り受け、昭和30年(1955年)10月に再建された。新しい建物のため、文化財に指定されていない。

年表 [編集]
<>は関連事項

113年(景行天皇43年):日本武尊が能褒野で薨去する。
195年(仲哀天皇4年):火上姉子神社が創建される。
668年(天智天皇7年):草薙剣が新羅の僧道行により盗み出される。
686年(朱鳥元年):草薙剣が熱田神宮へ戻される。
708年(和銅元年)9月9日:八剣宮が創建される。
712年(和銅5年)1月28日:<「古事記」完成。>
720年(養老4年):<「日本書紀」完成。>
927年(延長5年)12月26日:<延喜式完成。>
967年(康保4年)7月9日:<延喜式施行。>
1382年(永徳3年):火上姉子神社で火災。地名を火高(ほだか)火上から大高氷上へと改める。
1839年(天保10年)1月19日:八剣宮の御神体を妖僧が盗み出すも未遂に終わる。
1868年(明治1年)3月:<神仏分離令>
同年6月:神宮号を宣下される。
1871年5月14日(明治4年):<社格制度制定>
1893年(明治26年):神明造に建て直される。
1945年(昭和20年):5月17日:空襲による被害を受ける。各種社殿、国宝海上門を焼失。
同年6月9日:空襲による被害を受ける。
同年7月29日:空襲による被害を受ける。国宝鎭皇門を焼失。
同年8月21日:御神体を水無神社へ遷す。
同年9月19日:御神体が熱田神宮へ戻される。
同年12月15日:<神道指令>
1955年(昭和30年)10月:再建される。
1963年(昭和38年):高座結御子神社が再建される。
2007年(平成19年)10月:本殿の改修に伴い、御神体を仮殿に移す。

皇族の御親拝・御参拝 [編集]
2005年(平成17年)今上天皇・皇后(2005年日本国際博覧会行幸啓の折)

祭事 [編集]
6月5日の例祭(「尚武祭(しょうぶさい)」「熱田まつり」とも称される。)を最大規模の祭事とし、年間を通して以下の祭事が行われている。

1月
歳旦(さいたん)祭(1月1日)
元始(げんし)祭(1月3日)
初えびす(1月5日)
世様(よだめし)神事(1月7日)
踏歌(とうか)神事(1月11日)
封水世様(ほうすいよだめし)神事(1月12日)
歩射(ほしゃ)神事(1月15日)
2月
紀元(きげん)祭(2月11日)
3月
祈念祭(3月17日)
御田神社祈念祭(3月17日)
春季皇霊祭遥拝(しゅんきこうれいさいようはい)(春分の日)
氷上姉子神社太々神楽(最終週の日曜日)
4月
幼児成育祈願祭(4月3日)
5月
舞楽神事(5月1日)
酔笑人(えようど)神事(5月4日)
神輿渡御(しんよとぎょ)神事(5月5日)
豊年祭(5月8日)
熱田講社春季大祭(5月9日)
御衣(おんぞ)祭(5月13日)
6月
高座結御子(たかくらむずびみこ)神社例祭(6月1日)
例祭(6月5日)
献茶祭(6月5日)
献花式(6月5日)
南新宮社祭(6月5日)
御田神社御田植祭(6月18日)
大高斎田御田植祭(第4日曜日)
大祓(6月30日)
7月
御井社(みいしゃ)祭(土用入の日)
鈴之御前(れいのおみやまえ)社祭(茅の輪くぐり)(7月31日)
9月
秋季皇霊祭遥拝(しゅうきこうれいさいようはい)(秋分の日)
10月
氷上姉子神社例祭(第1日曜日)
新嘗(にいなめ)祭(10月17日)
御田神社新嘗祭(10月17日)
熱田恵比須講社大祭(10月20日)
11月
熱田講社秋季大祭(11月1日)
明治祭(11月3日)
奉賛会大祭(11月3日)
献詠祭(11月3日)
12月
農業感謝祭(12月20日)
天長祭(12月23日)
御煤納(おおすおさめ)神事(12月25日)
大祓(12月31日)
除夜祭(12月31日)

あっさぶ スロン カーリー デブー ナックス デブリ タング バケツ スメア マンドリル シュテム アーム リッド ピエロ 南瓜 プラス シャンピ スタン ピッツァ いゆふぇく ライブラリー タジア ダンガ モック タイム クシン モッズ トリック ピンマイク 黒太陽 スナンサ ザニア パロール セージラ オーセン モービル ニシキギ ガスケット スラック ストック ジャガー リベンジ デカップ スペア キドニー ヤソウェ 上海慕情 イニシ きほく モラルレ

2009年03月28日

へそを露出する現代のファッション

通常、へそを露出する現代のファッションは女性に限定されている(俗に言うへそ出しルック)。 また、へそを見せる気はないが事の流れで見えてしまった瞬間(ジャンプをした時、背伸びをした時、スポーツをしている時、等)に目が釘打けになる男性もいる(へそチラリズム)。へそが見えてしまった女性が恥ずかしがって慌ててへそを隠す姿を好む男性もいる。 1990年代後半には、西洋社会においてへそ出しルックは、女性のおしゃれとして定着した。それと共に、へそピアスは若い女性の間で一般的になっている。また、へそを露出する短いTシャツ(ちびT)かブラウスは、しばしばへそのタトゥーを露出させるために着られる。 それは若い女性にポピュラーでもある

人間の体表で唯一汗を分泌しない部分である。
人間の体の中心は臍といわれている。
派生的になにかの中心のことをヘソということがある。地球のへそ(エアーズロック)など。
北海道富良野市 - 北海道のほぼ中心部にあり、「北海道のへそ」であるため、毎年夏に「北海へそ祭り」が行われる。
兵庫県西脇市 - 日本の領土の中心にあたる北緯35度、東経135度に位置する。日本へそ公園駅をはじめとする多数の「へそ」にかかわる標石、施設を持つ。
長野県飯田市 - 緯度と経度のそれぞれにおける人口を二等分する線において、緯度線と経度線が交わる位置を、中央値中心といい、日本の中央値中心は長野県飯田市付近にあたるため、飯田市は「日本のへそ」とよばれる。
群馬県渋川市 - 日本列島のほぼ中心部にあるため「日本のまんなかへそのまち」を宣言している。毎年夏に「へそ祭り」が行われる。
モンブラ こまひ レイク モミジ プルライフ 月の海峡 しおじ コメン フォール ショートケー ティーホル メーカー オートメ わかた ビーフ イザヤ ロストル フリース エイグ ススキ ヒーロー チフス シーズ レード サルト マンパ サイトむい パクチー せりか ゲート ちこり メナム ション ストッキン オフス イソップ シュボド マップ ノンフ スツール ハイパー ドミノ タシケ コダチア プレス バウンス スーパー リコリス ハラム ウチク

臍で茶を沸かす
臍を曲げる
臍(ほぞ)を固める
臍(ほぞ)を噬(か)む

2009年03月13日

デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国

デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国は、ドイツおよび大陸ヨーロッパにおける最初にして最大級の英国式庭園である。「ヴェルリッツの英国式庭園」とも呼ばれる。この庭園は、18世紀後半に選帝侯レオポルト3世(Leopold III Friedrich Franz of Anhalt-Dessau)の摂政によって創設された。この庭園はエルベ川の一時的な支流(ふたたび本流に合流する)沿いに位置し、水に恵まれている。

公園の起源は17世紀に地元の王子がオランダの王女と結婚したときまで遡る。彼女は、ネーデルラント地方から、オラニエンバウム(Oranienbaum)の街や公園のレイアウトを手がけた技術者や建築家の一団を引き連れてきた。

オランダの影響はその後何十年にも渡ってアンハルト=デッサウでは流行りのスタイルであり続け、英国びいきの選帝侯レオポルト3世が、ドイツ初の新古典主義建築であるヴェルリッツ城(Schloss Wörlitz, 1769年 - 1773年)を手がけたフリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・エルトマンスドルフ(Friedrich Wilhelm von Erdmannsdorff)を雇ったときもそうであった。レオポルトのために英国式庭園をデザインした造園家のヨハン・フリードリヒ・アイザーベック(Johann Friedrich Eyserbeck)は、イギリスの先例であるクレアモント庭園(Claremont Landscape Garden)、スタウアヘッド(Stourhead)、ストウ庭園(Stowe Landscape Garden)などに多くを負っていた。

ジャン=ジャック・ルソーの哲学とヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンの美学は、デッサウ・ヴェルリッツの庭園設計の根底に存在している。ルソーは農業の中に日々の生活の基礎を見出し、自然の景観が持つ教育上の役割も指摘した。庭園の中で最も優雅な景観を持つのはルソー島だが、これがルソーの埋葬されたエルムノンヴィルの島を模倣したものであるのは驚くに当たらない。
らんたい レタリング ゾンサワ ブルーフ リゲル ジューレ デリー きあおみ 千社札 マッタ ピーカン かつお菜 スリム ピアス ヤペテ チェンナイ 飛躍 マトリ ステップ オレゴン マーメイド スタート スピー しんとつ リュート ドラジェ ガッツ ベロッパー わくや トレイ ソリッド レイト ソーター シェーマ セオド ミント最適 カーンプル ミノロジー タイム たいわ スイッ ハンター スイート ランチコ スクープ シルヘット ヒュー ダート チャプレ ラッキ

庭園王国でおよそ 25 km にわたって見られる小さな建造物群は、中央ヨーロッパの建築に広範囲な波及効果をもたらした。1774年にエルトマンスドルフによって建設が始められたゴシック・ハウスは、大陸ヨーロッパにおける最初期のゴシック・リヴァイヴァル建築の一つである。1790年には、ウィリアム・チェンバーズの理論に従ってシノワズリ庭園がオラニエンバウムに整備された。19世紀初頭には、Riesigk(1800年)、ヴェルリッツ(1809年)、フォッカーローデ(Vockerode,1811年)などにネオ・ゴシック様式の教会が相次いで建てられ、景観はいっそう趣深さを増した。

庭園王国は、1930年代に鉄道と高速道路が通ったことで、4区画に分かれる形になった。

2009年02月25日

角の有無が階級を運命付けるボアザン星

角の有無が階級を運命付けるボアザン星。ラ・ゴールは皇帝の甥(弟の長子)として皇位継承の資格を持ちながら、角が生まれつきなかった為失脚。妻・ロザリアとも引き裂かれて労奴に落とされるが、反乱を起こし、星から脱出。地球に落ち延びて科学者・剛光代に救われる。

ラ・ゴールは光代と結婚して剛健太郎と名乗り、3児を儲け、浜口博士や岡・防衛長官と共にボルテスや基地ビッグファルコンの建設に着手。

一方、ボアザンでラ・ゴールとロザリアとの間に生まれていた皇子ハイネルは、“裏切り者の子”と後ろ指を指され、皇帝ズ・ザンバジルへの忠誠を証明し実の父を倒すべく地球攻撃を決定した。

かくてボルテスとボアザンの獣士との壮絶な死闘が始まる。
ボルテスチーム
剛健一(ごう けんいち):白石ゆきなが
主人公でチームリーダー。正義感にあふれる熱血漢だが優等生タイプの生真面目な性格。剛三兄弟の長男であり、バイクにも乗っているが豹馬のような不良っぽさ、破天荒さは無い。しかし悪く言えば融通が利かない頑固者でもあり、特に弟の日吉には断固として厳しい態度をとり、他のメンバーの反感を招いてしまう事もあった。ボアザン星人と地球人の混血であるため、一時期ビッグファルコンの所員にすら彼らを敵視する者が出た。そのため深い苦悩を覚えるが、戦闘で傷ついた敵のボアザン星人たちの命も救おうとする優しさをもっている。基本的に真面目な熱血漢だが、めぐみの弱点である蟹を用意してからかおうとするなど、茶目っ気のある一面も。設定年齢は15歳だが、企画段階から設定が数回変わったため年齢より大人びた印象を与えている。[6]。射撃の達人だが、肝心のボルテスが当初の設定をスポンサーの要望によって変更され、剣がメインのロボットにされてしまった事から、後から弟の大次郎に剣術の特訓を受ける、という展開も生まれている。
峰一平(みね いっぺい):曽我部和行
キザな主人公のライバル役。キャラクター原案が聖悠紀ということもあり、前作のバトルチームの十三よりも美形に描かれている。めぐみに気があるらしく31話ではちょっかいを出していた。皮肉屋で、毒舌な言動をして度々仲間たちと衝突してきたが、戦っていく中で友情を深めていきチームワークの大切さを第一に考えるようになった最も成長した人物。家族でアメリカに渡ったが開拓に失敗、放浪中に父親が病気になり母親も失踪、後に父親が病死したため、母親をうらんでいた。そのため家族の絆の強い剛三兄弟を疎ましく思っていたこともある。後に母親が病気の父と自分を狼の群れから守るため自爆したことを知りわだかまりは解ける。全米ロデオ大会で3年連続優勝の実力を持ち、馬のアイフルをこよなく愛している。ムチの名手で設定年齢15歳[6]。実は浜口博士の孫にあたる。
剛大次郎(ごう だいじろう):玄田哲章
巨漢の剛三兄弟の次男。格闘技全般をこなし、棒術には特に優れている。胡蝶返し(真剣白羽取り)を健一に教えたこともある。同じ母親から生まれた三兄弟で一緒に育っている。
剛日吉(ごう ひよし):小原乃梨子
小兵の剛三兄弟の三男。設定年齢8歳らしく泣き虫。両親が科学者であるという設定がもっとも反映されたキャラクターで機械いじりが趣味。模型船を作っていたが後にタコを模した万能サポートロボット「タッコちゃん」(声:堀絢子)も製作する。水泳が得意で水中活動はお手の物であるらしい。水兵服を好んで着用していた。
岡めぐみ(おか めぐみ):上田みゆき
甲賀流十八代目の忍者であり岡防衛長官の娘。長官をお父様と呼ぶお嬢様系のキャラであり少しカールした長めのポニーテールはゴージャスな雰囲気をかもし出している。しかし前作のヒロインの南原ちずるが持っていたアイドル的な性格は薄く、チームの中のお姉さん的な性格が強かった。ユニフォームはミニスカート(パンチラも何回かあった)だが、スカート近くまで丈のあるブーツを履いている。設定年齢は13歳[6]。
剛光代(ごう みつよ):近藤高子
剛健太郎の妻にして剛三兄弟の母。剛健太郎のもたらしたボアザンの科学力と地球防衛軍の協力を得て電磁の要塞基地ビッグファルコンとボルテスVの建造に尽くす。年端もいかない自分の息子たちをメインパイロットにすえ、特訓を課した。しかし第2話でジャンギャル将軍の2面作戦に1機しかないボルテスVが苦戦した際に戦闘機に乗って特攻し命と引き換えに息子たちを救う。剛健太郎=ラ・ゴールであることを知っていた。
浜口博士(はまぐちはかせ):加藤精三
ビッグファルコンの初期のリーダー的存在。岡長官、剛光代博士、左近寺博士らの恩師にあたる人物でかつ一平の母方の祖父。白髪で白い髭をたくわえた初老の男性だが、唯一ボアザンからの侵略に対抗できるビッグファルコンとボルテスVの建造に携わっただけでなく各国の軍に協力を要請するなど政治力も発揮していた。また、ボルテスチームには厳しく接していて実戦並みの訓練でしごくが、一平のために愛馬アイフルを呼び寄せるなど精神面のサポートも忘れない。地球防衛にかける熱意にあふれており剛健太郎=ラ・ゴールがボアザン星人であることを知らなかったようで、その事実が発覚以降、剛三兄弟が戦えなくなるかも知れない、と苦悩していた。スカールークに囚われたときには兵士を素手で殴り倒し脱出、死の間際に剛三兄弟に剛健太郎が生きていることを伝えた。名前は脚本の田口章一と長浜監督から一字ずつとったと言われる。
岡防衛長官(おかぼうえいちょうかん)増岡弘
地球防衛軍の高官にして甲賀流十七代目の忍者。岡めぐみの父。中年にさしかかったその体型は年齢にふさわしい恰幅のよさだったが、全身タイツのような忍び装束を着たこともあった。浜口博士亡き後のビッグファルコンを取り仕切っていたがあくまで本職は防衛軍長官であるため、左近寺博士着任後は交代する。実は病魔に侵されており、31話で娘を救うために囮となって死亡する。
左近寺博士(さこんじはかせ):大木民夫
フルネームは左近寺公三(さこんじ こうぞう)。浜口博士の死後、ビッグファルコンに着任した司令官。16話から登場。スパルタ式特訓でボルテスチームをしごく。博士というより軍属のような雰囲気を持つ人物。岡長官、剛光代博士とは同窓。

ボアザン星人
プリンス・ハイネル(剛兄弟の異母兄):市川治
ボアザン皇帝の血筋にあたるラ・ゴールの息子。長浜忠夫によると宝塚歌劇をヒントにした「女のように薫り立つような趣きを漂わせながらも、きりりとした顔つきの美少年」。角のある者は貴族であるというボアザンの格式に則った貴族の誇りを持つ人物。ハイネルは父を知らず、ラ・ゴールは息子の存在を知らない。
わっしょい ダード オフコ 検索村祭 コーヒー ビザウェー マンボン カイモ ハイス レザーク スパイ ナイジェ ループ ファンベト 私が主役 デイラ ストライカー キシング クアハ ワンシ ハイソ メタフ ツーロン ワイキキ デリカシー メモリ セッショ メタノール マイカ タチバナ ストレート リポート ジャンダ トメーシ オブシデ メダル サージ グリース シーモス ロビイング ドライブ ルレット シェンド ツイード スーサ クロス わっさむ レーキ ニーム トーチャー

皇帝ザンバジルは妾腹である自分の地位が正統であるハイネルに脅かされることを恐れ、ボアザン帝国地球征服軍司令官というボアザンにしてみれば辺境の危険な任務につかせてしまう。幼い頃から「裏切り者の子」としてことあるごとに迫害を受けていたハイネルはザンバジルの企みを知らずに、この戦いによって自身のボアザン帝国への忠誠心を証明しようと意気揚々とこの任務を受け地球にやってくる。しかしボルテスの反撃に苦戦、その失敗を理由に皇帝派のド・ズールやド・ベルガンからもその地位や命までも脅かされる。
物語終盤でベルガンが伝えた皇帝の勅命により司令官を解任させられ地球に1人取り残されるが、ジャンギャルの犠牲とカザリーンの手引きによってボアザン星に帰還する。すべてをあきらめ二人で生きていこうと語るカザリーンに対し貴族としての責務を果たすために王城、黄金城へと向かう。労奴の反抗により逃げ出す貴族たちを叱責、なんとか態勢を立て直そうとするが混乱した貴族は逆にハイネルを撃ってしまう。カザリーンが身を挺してかばってハイネルの命を救うが、ハイネルは貴族として死してもボアザン星を守ろうと心に決めていた。
角の無い地球人を下等扱いしているため、地球人には愛が存在することを簡単には信じなかった。なお、ハイネル自身が母の形見を大事に持っていたことから、ボアザン星人にも愛の感情は存在するようである。ボルテスがボアザン星に入りこみザンバジルを討とうとした際にはカザリーンの愛にも気づいていた。
最終決戦でボアザンの古い言い伝えにある守護神ゴードルの炎に身を投じ、ゴードルを駆ってボルテスと一騎打ちをする。ゴードルとボルテスが相打ちで倒れた後にも生身で剛健一と戦い続けた。しかしその時に持っていた形見の短剣からラ・ゴールの息子であることが判明、父と弟を敵として戦い続けてきた悲劇を知る(「何たる事だ、兄弟同士が血で血を洗う戦いをして来たと言うのか」と呟くシーンあり)。最後は、自らの政権が崩壊したことで錯乱し醜態をさらすザンバジルの姿を目の当たりにして激怒し、彼を形見の短剣で誅殺する。その際、ザンジバルの手から落ちた爆弾の爆風から健一をかばうも黄金城の崩壊に巻き込まれ、最期は涙ながらにラ・ゴールを「お父さん… 」と呼び、炎の中に消える。
勇者ライディーンのプリンス=シャーキン、超電磁ロボ コン・バトラーVの大将軍ガルーダ、闘将ダイモスのリヒテルにならぶ美形悪役とされる。
皇帝ズ・ザンバジル:寺島幹夫
ボアザン皇帝。先の皇帝が崩御した際にもっとも優位な皇位継承権を持つラ・ゴールに角がないことを暴露し皇帝の座に就く。その後軍事拡大路線を展開し、ボアザン帝国の拡大に努めた。
ラ・ゴール自身は労奴に落ちたが、彼の息子ハイネルには角があったため、ザンバジル退位後はその座を脅かされる可能性があった。そのためハイネルを地球征服軍司令官に任命しあわよくば戦死してくれることを望んでいた。ド・ズールやド・ベルガンはそのために遣わされた皇帝側の部下であり機会をうかがって暗殺することすら想定の範囲内であった。
黄金城に住み労奴階級を搾取して豪華な生活を営んでいた。ボアザン星には一定の確率で角の無い者が生まれるためそれらを労奴としていたが(角の無い労奴同士の子供に角があっても、闘奴や兵卒にしかなれない)、更なる繁栄のために労働力を求めて他星を侵略していたようである。ボアザン星内ではこうした階級社会の存在や他星への侵略をよしとしない和平派が、ラ・ゴールに限らず多く存在していて、ボアザン貴族社会は揺るぎ始めていた。そしてそれはボルテスのボアザン本星侵攻と時を同じくして起こった労奴の一斉蜂起により一気に崩壊。黄金城へと近付く革命の足音に貴族の誇りも正気も失い、ハイネルに地球侵略の全責任を転嫁(その狂態はそれまで「叔父上」と呼び敬っていたハイネルをして「こんな蛆虫」とまで激怒させるほど)、誅殺される。
ルイ・ジャンギャル:飯塚昭三
ハイネルの側近の1人。貴族にしては珍しい粗暴な大男。ハイネルに忠誠を誓う武人であるが、「虫けら」である地球人相手ならば卑怯な手段も構わないと考えていたようであり、人質をとったり、音声変換でラ・ゴールを装ったりもした。また、彼は謀略とは無縁の職務に忠実な軍人であり、ハイネルの父が誰であろうと、皇帝の思惑がどうであろうと、職務がハイネルの補佐であるため、それらを意に介さない。37話でベルガンに兵士をすべて引き上げさせられてしまい、単独でボルテスにいどみ自ら命を絶った。
リー・カザリーン:小原乃梨子
ハイネルの側近の1人。貴族らしい物腰の美女。科学者として随行し新兵器や獣士の開発を担当している。ハイネルが幼い頃よりそばにいて、ハイネルを愛している。司令官を解任されたハイネルを連れてボアザン星に帰還するも黄金城での決戦の混乱の中ハイネルをかばって死亡する。あまり作中で触れられなかった設定では、生まれてすぐ母を亡くしたハイネルの乳母がカザリーンの母であり、兄妹同然に育ったらしい。未放映シナリオでは角の無いマリーンという妹がいて、カザリーン出征後労奴に落とされ、後に地球に逃亡。健一と淡いロマンスを繰り広げる、という話もあった。設定上のフルネームはリー・カザリーン・ド・ファロア。
ド・ズール:増岡弘(スーパーロボット大戦シリーズでは徳丸完)
皇帝派であるがそれを隠してハイネルに随行。小柄の狡猾な老人である。角は額に一本で髪が無いので鬼のようにも見える。策を弄してラ・ゴールを捕らえたり、ハイネルを暗殺しようした。22話で粛清される。
ド・ベルガン:内海賢二
マキシンガル合金をもたらしたボアザンの将軍。同じ合金製の鎧で身を包み、面当てもあてているためあまり素顔を見せない。地球征服軍司令官になるための野心があり、その地位と引き換えに、ハイネル暗殺を皇帝により密命を受けていたが、マキシンガル合金製の獣士が敗れて、自らの地位が危うくなり、皇帝の密命をハイネルに暴露し、それと引き換えに失敗の取り成しを申し出、結果的にハイネルの腹心となる(本心ではないが)。37話で皇帝の勅命としてハイネルを解任、すべての戦力を引き上げた。その後追撃をしてきたボルテスと戦い戦死。
グルル将軍:塩見竜介(スーパーロボット大戦シリーズでは西村知道)
皇帝派の将軍。ベルガンとともに皇帝の勅命を伝えハイネルを解任した。その後、皇帝から大軍勢を預かるが、ボアザン星上空での戦闘で戦死。
ダンゲ将軍:勝田久
和平派の将軍。ラ・ゴールの意志に共鳴して自ら角を切り落とし貴族の地位を捨てる。その後反皇帝派を率いて地下活動を行ない反抗の機会をうかがっていた。ラ・ゴール=剛健太郎をかばった人物。
ドイル将軍:加藤精三
和平派の将軍。最終話でボアザン星の労奴たちに反乱を呼びかけた。
ラ・ゴール=剛健太郎(ごう けんたろう):二瓶秀雄・若き日のラ・ゴール:水島裕
「角のある者は貴族で、角の無い者は労奴」という掟を有するボアザン星に生まれた。本当の名前はラ・ゴール。父はボアザン皇帝の弟という家柄であり、皇位継承権が約束されていたが角を持たずに生まれてしまう。両親は偽の角をつけて彼を貴族として育てるものの、ボアザンの貴族制度に疑問を持ちながら育つ。若くして科学大臣に登用され政治に影響力を持てるようになった彼は結婚、妻ロザリアとともに平等な社会をつくるべく努力を始める。しかし皇帝が崩御してしまい皇太子は病弱で皇帝になれないという事態になり急遽皇帝の弟の嫡子である自分と皇帝の妾腹であるズ・ザンバジルとが皇帝の候補となった。ザンバジルは皇位を狙って、ラ・ゴールの侍医を死ぬほどに拷問して、彼の角の秘密を暴露、ラ・ゴール追放に成功する。ラ・ゴールは労奴に堕とされ、ロザリアは無理やり離縁させられ地方に送られた。その地で身篭っていた子どもを産むとロザリアはそのまま亡くなってしまう。ロザリアの運命を知らないまま反乱を起こしたラ・ゴールだったが反乱は失敗、命からがら逃げ出した先、地球でボルテスVを建造しボアザンの侵略に備えた。その中で協力を惜しまなかった剛光代と結ばれ3児をもうける。しかしボアザンの有様を放置できずに地球を離れボアザン星とその植民惑星の各地で労奴解放のための地下活動を行なった。同時にボルテスの苦境を知り超電磁加重砲やボルテスの改造指示書を届けるなど地球への支援も忘れなかった。ボアザン陥落後は指導者的な立場にいると思われる。
ロザリア:横沢啓子
ラ・ゴールの最初の妻。ボアザン星人でありラ・ゴールの角が無いことを知っても変わらず夫を愛した。しかし皇位継承をめぐってラ・ゴールが追放されたために離縁させられ、地方(おそらく実家)に送られてしまう。妊娠の事実をラ・ゴールに知らせられないままハイネルを生みまもなく死亡。ハイネルの身の証のためにラ・ゴールの短剣を与えた。
守護神ゴードル:長浜忠夫
ナレーター:槇木大輔

ボルテスV
ボアザン星人の地球侵略とその尖兵である巨大戦闘メカ・獣士に対抗するため、剛健太郎博士が開発(妻の剛光代と浜口博士も開発に協力)したスーパーロボット。ボルト・クルーザー、ボルト・ボンバー、ボルト・パンザー、ボルト・フリゲート、ボルト・ランダーの5機が合体して全長58.0m、重量600.0tの巨大ロボットとなる。動力源は超電磁エネルギー。メインパイロットは剛博士の長男、剛健一。 前作コン・バトラーVがアニメの合体を玩具で表現する際に非常に苦労したことから、デザインは玩具メーカー主導で進められ、コン・バトラーと比べても、俗に「烏天狗」と評される顔のデザインを除けば、合体システム、機体の配色、各機体の役割なども同じで、スーパーロボットとしてのインパクトに乏しかった。とは言え初めて斬撃武器を持ったスーパーロボットはゲッターロボのゲッター1(ゲッタートマホーク)、剣を持った最初はグレートマジンガーのマジンガーブレードであるが、ロボットアニメにおける決めの必殺技として剣で斬るパターンを創出したのがボルテスVの「天空剣Vの字斬り」である。剣そのものは西洋式の両刃の剣であったものの、その巨大さから両手で振るわれる事から事実上剣道の様な殺陣が描かれることとなり、これまでも時代劇において人気を博してきた様な必殺剣技が毎週振るわれる、そのインパクトは絶大で、その後暫くの間、スーパーロボットの必殺技といえば「○○剣××斬り」がお約束となるほどの影響を残した。現在もスーパー戦隊の巨大ロボットに(多少変形、若しくはその存在感が薄くなってはいるものの)その影響は残っている。

また、ボルテスVではロボットの設定や演出に工夫が凝らされている。第1話では声紋登録が行なわれておりボルテスチーム以外では合体できないとされた。またコン・バトラーと違って3機のコクピットが装甲に隠れるのでパイロットの安全性は高い反面、脱出が難しいとされる。10話では超電磁エネルギーの秘密が敵に解析され、超電磁合体破壊装置を装備した獣士が登場し合体不能の危機に陥るが浜口博士開発のウルトラマグコンを追加装備し事なきを得た(この際に超電磁エネルギーはクラウンコイルへの磁粒子の誘導により発生すると設定されている)。16話では損傷したボルト・フリゲートを分離しクルーザー、ボンバー、パンザーだけの上半身とランダーとで戦うという離れ業も披露している。 天空剣の刀身が巨大な獣士を切り裂くことができるのはなぜか、とボアザン側が研究した結果、刀身の強度だけではなく刀身を包む超電磁フィールドが分子構造を分解していることが判明しマキシンガル合金装備の鎧獣士が登場、天空剣がまったく通用しなくなる事態に陥った。この事態を打開するために行方不明の剛博士が遣わせた鷹型メカがマキシンガル合金を劣化させる超電磁加重砲をもたらし、ボルテスの後期の必殺技、天空剣・超電磁ボールVの字斬りが完成したのである。尚超電磁ボール自体はマキシンガル合金を劣化させるものでしかなく、あくまでも天空剣による斬撃、Vの字斬りが必殺技として使い続けられた。(スーパーロボット大戦シリーズでは超電磁ボールも含めて必殺技となっている)

2009年02月08日

ベトナム帝王一覧

ベトナム帝王一覧(-ていおういちらん)
みかんいろ バリトン サーファ マスター ハンディー ニュルン すみのえ ロフルス タラップ ステン ハート フォロワー ダイヤ ディク ランド パーク カーブ シャト ラン トップ とうたい ジャン ルー メルク ニックス カレワ とうみょう ぶきいろい ディッシュ ラベル タオイズ ダイアモンド ショウ ベッド おじま ハイボー タイプライ 宇宙ステー ピンタック オートクチ ティンカー カラム モッコク ヤード きくらげ トータル ケトン ヒョウ メンバー チャンネル

ベトナムの場合は暫定的に独立王朝でなくとも、中国王朝から冊封を受けたり、いわゆる僭称であったり、また中国の官職を自称した場合も含め政権を樹立したと思われる可能な限りの人物を暫定的に列記している。

なお、2世紀から19世紀にかけて現在のベトナム中南部に存在したチャンパ王国の王の一覧についてはチャンパ王の一覧
ベトナム帝王一覧
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ベトナム帝王一覧(-ていおういちらん)

ベトナムの場合は暫定的に独立王朝でなくとも、中国王朝から冊封を受けたり、いわゆる僭称であったり、また中国の官職を自称した場合も含め政権を樹立したと思われる可能な限りの人物を暫定的に列記している。

なお、2世紀から19世紀にかけて現在のベトナム中南部に存在したチャンパ王国の王の一覧についてはチャンパ王の一覧を参照。

二十雄王(前3079-前257)
涇陽王(姜祿續)
貉龍君(雒崇纜)
陸陽王
雄賢王
雄国王(雄麟)
雄曄王
雄犧王
雄暉王
雄昭王
雄暐王
雄定王
雄曦王
雄楨王
雄武王
雄越王
雄英王
雄朝王
雄造王
雄毅王
雄璿王

文郎国(越国と雒朝) (前565-前334)
雒句践(春秋五覇の越王勾践)
雒鹿郢(鼫与)
雒不寿(盲姑)
雒翁(州句)
雒翳
雒諸咎
雒錯枝(越王子搜)
雒無余(之侯)
雒無顓(菼蠋卯)
雒無彊

甌雒国(蜀朝) (前257-前207)
蜀制(開明制)
蜀泮(開明泮、安陽王)

南越国(趙朝) (前207-前111)
趙佗(南越武帝)
趙眜(南越文帝)
趙嬰斉(南越明帝)
趙興(南越哀帝)
趙建徳

北属期

徴氏 (40-43)
徴側
徴弐

士氏 (187-226)
士燮
士徽

後趙朝 (248-?)
趙国達

前李朝 (544-602)
李賁(前李南帝)
李天宝(桃郎王)
趙光復(趙越王)
李仏子(後李南帝)

梅氏 (722)
梅叔鸞(梅黒帝)

馮氏 (766-791)
馮興(布蓋大王)
馮安

前楊朝 (819-820)
楊清

曲氏 (906-930)
曲承裕
曲顥
曲承美

後楊朝 (931-937)
楊廷芸

矯氏 (937-938)
矯公羨(皎公羨)

呉朝 (939-968)
呉権(前呉王)
楊紹洪(楊主将と楊三哥)
呉昌岌(天策王)
呉昌文(南晋王)
呉昌熾(呉代王)

十二使君時代 (944-968)
矯公罕(矯三制)
阮寛(阮太平)
呉日慶(呉覧公)
杜景碩(杜景公)
呉昌熾(呉使君)
李奎(李郎公)
阮守捷(阮令公)
呂唐(呂左公)
阮超(阮右公)
矯順(矯令公)
范白虎(范防遏)
陳覧(陳明公)

丁朝 (970-980)
先皇帝 丁部領(丁環)
廃帝 丁璿

黎朝 (980-1009)
大行皇帝 黎桓
中宗 黎龍鉞
臥朝王 黎龍鋌

李朝 (1010-1225)
太祖 李公蘊
太宗 李仏瑪
聖宗 李日尊
仁宗 李幹徳
神宗 李陽煥
英宗 李天祚
高宗 李龍翰
恵宗 李旵
昭皇 李仏金(天馨)

陳朝 (1225-1400)
太宗 陳煚
聖宗 陳晃
仁宗 陳昑
英宗 陳?
明宗 陳奣
憲宗 陳旺
裕宗 陳暭
廃帝 楊日礼(楊日禮)
藝宗 陳?
睿宗 陳曔
廃帝 陳晛
順宗 陳顒
少帝 陳????{「火」へんに「安」}

胡朝 (1400-1407)
胡季犛(胡一元)
胡漢蒼

後陳朝 (1407-1414)
簡定帝 陳頠
重光帝 陳季擴

後陳朝 (1427-1428)
陳暠
後黎朝前期 (1428-1527)
太祖 黎利
太宗 黎元龍
仁宗 黎邦基
前廃帝厲徳侯 黎宜民
聖宗 黎思誠
憲宗 黎暉
粛宗 黎敬甫
威穆帝 黎誼
襄翼帝 黎?
中廃帝 黎光治 
昭宗 黎椅
恭皇 黎椿

莫朝 (1527-1677)
太祖 莫登庸
太宗 莫登嬴
憲宗 莫福海
宣宗 莫福源
英祖 莫茂洽
景宗 莫全
閔宗 莫敬止
代宗 莫敬恭
光祖 莫敬?
明宗 莫敬宇(莫敬完)

後黎朝後期 (1532-1789)
荘宗 黎維寧(黎寧)
中宗 黎維喧(黎喧)
英宗 黎維邦
世宗 黎維潭
敬宗 黎維新
神宗 黎維祺
真宗 黎維祐
神宗 黎維祺(重祚)
玄宗 黎維禑
嘉宗 黎維?
熙宗 黎維祫
裕宗 黎維?
後廃帝昏徳公 黎維祊
純宗 黎維祥
懿宗 黎維?
顕宗 黎維祧
愍宗 黎維祁

東京鄭氏 (1545-1786)
太師 鄭検
俊徳侯 鄭檜
平安王 鄭松
成(清)都王 鄭?
西定王 鄭柞
定南王 鄭根
安都王 鄭棡
威南王 鄭杠
明都王 鄭楹
靖都王 鄭森
奠都王 鄭?
端南王 鄭楷
晏都王 鄭?

広南阮氏 (1533-1777)
(肇祖) 阮淦
仙王(太祖) 阮潢
仏王(熙宗) 阮福源
上王(神宗) 阮福瀾
賢王(太宗) 阮福瀕
義王(英宗) 阮福溙
明王(顕宗) 阮福?
寧王(粛宗) 阮福澍
武王(世宗) 阮福濶
定王(睿宗) 阮福淳
新政王    阮福晹

西山朝
帰仁朝廷 (1778-1802)
阮文岳
阮文宝

富春朝廷 (1788-1802)
阮光平(阮文恵)
阮光纘(阮弘瑞)

阮朝(越南、大南)(1802-1945)
世祖高皇帝 嘉隆帝 阮福映
聖祖仁皇帝 明命帝 阮福?
憲祖章皇帝 紹治帝 阮福?(阮福綿宗)
翼宗英皇帝 嗣徳帝 阮福蒔(阮福洪任)
恭宗恵皇帝 育徳帝 阮福膺禛
廃帝朗国公 協和帝 阮福昇(阮福洪佚)
簡宗毅皇帝 建福帝 阮福昊(阮福膺祜)
出帝 咸宜帝 阮福明(阮福膺????{「豆」へんに「歴」})
敬宗純皇帝 同慶帝 阮福昪(阮福膺祺)
成泰帝 阮福昭(阮福宝嶙)
維新帝 阮福晃(阮福永珊)
弘宗宣皇帝 啓定帝 阮福昶(阮福宝嶹)
保大帝 阮福晪(阮福永瑞)

2009年01月23日

U.S.NAVY(ユー・エス・ネイビー)

U.S.NAVY(ユー・エス・ネイビー)は、カプコンが1990年10月に発売したアーケードゲーム。日本国外版タイトルは Carrier Air Wing。

基本的には同社の業務用ゲーム『エリア88』のシステムをそのまま踏襲した横スクロールシューティングゲーム。2人同時プレイ可能。

ゲームの流れは、「各ステージスタート時に作戦説明→サブウェポン購入→プレイ開始(撃墜数に応じてサブウェポン購入資金が稼げる)→ステージクリア→余ったサブウェポンの下取り→次のステージへ」のようになっており、これとアイテム出現の法則は『エリア88』と同様のものである。

最大の違いはダメージに関する扱い。『エリア88』ではライフゲージが「装甲強度」を示し、被弾するごとにゲージが減っていくのに対し、本作では「エネルギー残量」を示しており、被弾だけでなく時間経過でもゲージが減る仕様になっている。そのため、サブウェポンのシールド(一定数被弾を防げる)が重要になってくる。

※但し、エネルギー回復アイテムの出現頻度は高い。ステージによってはボスとの戦闘中にも出現する。

ストーリー
1997年、X国による極東J国侵攻をきっかけに各国で局地戦争が勃発。米国に入った極秘情報によると、この戦争の裏でX国に最新兵器を供給している死の商人組織「ラブー」が存在していることが判明。戦争終結には武器の供給源を絶つしかないと判断した米国は、海軍原子力空母「カールビンソン」をラブー壊滅部隊に任命。作戦を開始する。

エンディングはラブー壊滅により、X国は各地での兵力撤退を余儀なくされ、戦いは終わった…というもの。

プレイヤー機について
次の三機種から選択可能。

F-14 TOMCAT
空中戦闘タイプ。他の機体よりも少し速度が速い。
パイロットはリック・フォード。ニューヨーク出身でトップガンを首席で卒業したらしい。空中戦闘では米海軍ナンバーワンのテクニックを持つ。(ちなみに『エリア88』ではミッキー・サイモンがこの機体に搭乗していた)
F/A-18 HORNET
空中戦闘と地上攻撃のマルチタイプ。他の機体よりも少しショット幅が広い。
パイロットはジェームス・ロイ。ルイジアナ州出身で米海軍アクロバットチームブルーエンジェルスのメンバー。
A-6E INTRUDER
地上攻撃タイプ。他の機体より少しショットの威力が高い。
パイロットはマーク・オルソン。ミシガン州出身で元アメリカ海兵戦闘攻撃飛行隊隊長という肩書きを持つ。

本作ではエリア88程の性能差は設けられていないため、それほど大きなプレイ感覚の違いはないと思われる

メインショット
本作では三種類のメインショットを使用できる。パワーアップは赤い編隊を全滅すると出現するパワーアップアイテムによって行う。

ワイドショット
幅が広いショット。赤のパワーアップアイテムを取るとこの装備になる。連射性能が極端に劣り使いどころが難しい。「張り付き」状態ならば連射が効くので使いどころ次第では有効。

プレシジョンガン
威力が大きいが幅が狭いショット。青のパワーアップアイテムを取るとこの装備になる。連射性能が余り高くないため総合的には緑に劣る。

ラパイドガン
連射性能が高いショット。緑のパワーアップアイテムを取るとこの装備になる。バランスが良く最初から最後までこのショットで通すことが出来る。

どのショットにもある程度の連射機能があるが、やはり自分(もしくは連射装置)で連射した方が早い。

サブウェポン
ステージ毎に購入できるサブウェポンの種類が違う。 また機種毎に性能が異なるが、基本的に性質は同じである。同じ名前でも高価な方が発射数が多いなどの差がある。

F-14 F/A-18 A-6
STAGE1 MISSILE DISPENSER 2 MISSILE DISPENSER 1
MISSILE DISPENSER 2 MISSILE DISPENSER 1
STAGE2 STANDARD MISSILE SHRIKE MISSILE
STANDARD MISSILE SHRIKE MISSILE
STAGE3 BOMB
SUPER BOMB SUPER BOMB
NAPALM BOMB NAPALM BOMB
SUPER NAPALM
STAGE4 APACHE APACHE
SUPER BOMB DISPENSER SUPER BOMB DISPENSER
STAGE5 AMRAAM MISSILE
PHOENIX MISSILE SIDE WINDER
AMRAAM MISSILE SPARROW MISSILE
SIDE WINDER
STAGE6 STANDARD MISSILE SHRIKE MISSILE
STANDARD MISSILE SHRIKE MISSILE
STAGE7 MISSILE DISPENSER 2
MISSILE DISPENSER 3 MISSILE DISPENSER 2 MISSILE DISPENSER 1
MISSILE DISPENSER 2
STAGE8 SUPER BOMB
NAPALM BOMB NAPALM BOMB
SUPER NAPALM SUPER NAPALM
BIG BOY
STAGE9 SUPER BOMB DISPENSER
シントニア タコス オイル マヤ吉 ケルン ミーハー ボタン たこいと デュアル アルル ライン アクサ ビー玉 ロコモコ ライフ テナー クチル トッププ ナズナ ロベニア シタニア キング ブルー レンド ハファダ シリア マリンホス タイトス リテール シラー カノープス きねづか ブダペ スノーグ チョウゲ フルタイ モミジ デブリ ブラッシ 深海魚 シルバー ビーテ トライ サイキック ブレッツ プルーフ すいか くもり ダッジ ミーア

NAPALM DISPENSER SUPER BOMB DISPENSER APACHE
SUPER BOMB DISPENSER
STAGE10 SUPER SHELL POD1 SUPER SHELL POD1
SUPER SHELL POD2 SUPER SHELL POD2

貫通ミサイル(Stage2,Stage6)
自機の周囲に展開してから前方へ発射。雑魚敵は貫通する。

誘導ミサイル(Stage5)
敵に誘導するミサイル。ステルス風の敵機には誘導しない。

爆弾(Stage3,Stage8)
自由投下爆弾。効果範囲が広く、A-6の物ならば爆風が画面端まで覆う。

ミサイルディスペンサー(Stage1,Stage7)
誘導する小ミサイルを発射するディスペンサー。最後はディスペンサー自体が飛び込んでいく。

ボムディスペンサー(Stage4,Stage9)
小爆弾を投下するディスペンサー。なぜか上方向にも投下する。

スーパーシェルポッド(Stage10)
小型の貫通ビームを発射するディスペンサー。最後はディスペンサー自体が火の玉となって飛んでいく。 ディスペンサー(ポッド)系のサブウェポンは少し特殊で、発射するとしばらく自機の周りを浮遊しメインショットにあわせて内蔵兵器を発射する。ディスペンサーの弾が切れるか、もう一度サブウェポンボタンを押すと敵へ突入する。ディスペンサーには敵の弾を防ぐ効果もある。

ステージ内容
『エリア88』と同じく、全10ステージ。

STAGE1 J国首都奪回(空中戦)
STAGE2 J国首都奪回(市街戦)
STAGE3 J国敵上陸部隊攻撃
STAGE4 敵兵器工場攻撃作戦
STAGE5 敵兵器演習地攻撃
STAGE6 最新鋭潜水艦攻撃
STAGE7 敵爆撃機部隊迎撃
STAGE8 敵砂漠基地攻撃作戦
STAGE9 ラブー要塞&敵秘密基地攻撃
STAGE10 敵衛星兵器破壊

4面ボスに関しては、司令官は「空母」と説明するが、実際には航空戦艦となっている。
9面の始めでは『エリア88』の3面ボス「バンバラ森林要塞」に酷似した敵が登場する。
最終面の敵「スペースシャトルブラン」も『エリア88』の最終ボス同様、巨大な敵の周りをぐるりと回りながら戦う展開である。

雑記
U.S.NAVY(アメリカ海軍)は正規の軍隊である。しかしゲームが『エリア88』のシステム(傭兵制)を踏襲しているため、プレイヤーキャラクターは正規軍の兵士であるにもかかわらず武装が支給されず、武器購入資金を自力で稼がねばならないばかりか、その上司令官が出撃前に武器を売りつけるという奇妙な設定になっている。なおこの司令官はショーン・コネリーそっくりである。
「ラパイドガン」は"Rapid gun"の誤読らしい。
日本版は"J国"と伏せられているが、海外版では(現地語で)日本と明記されている。
X国の兵器の殆どはソ連軍の兵器をモチーフにしているが、ステルス機や早期警戒機など一部の兵器はアメリカ軍のデザインが使用されている。

万引き技
司令官が作戦を指示しているときに、ショットとサブウェポンのボタンを高速で連打すると即座にゲームが始まるが、この際資金が減らずにサブウェポンを入手できるというバグがある。更にレバーを右に連打していると、高価な武器を購入できる。これはプレイヤーから「万引き技」と通称され、ハイスコアを稼ぐときも必須のテクニックとなった。これは連射装置などで一定以上の連射速度があれば、入手だけは確実にできたため、連射装置のついたボタンをこのゲームに限り「万引きボタン」と呼ぶことがある。

後年のシューティングゲームにはソフトウェア側で連射機能を備えているものが多く見られるが、本作の発売された当時、アーケードゲームにおいて自動連射を実現するにはゲーム筐体に連射用の回路を取り付ける改造が必要であった。このため、楽に「万引き技」の恩恵にあずかれるのはこのような配慮をしてくれた店舗に限られた。

2009年01月16日

弥生時代の道具類を材質から分類


ジョブコー ダーポポ プライ オール ハンドグ フェア はずたか タフガ シミュレ 冬の花 ポテト トゥー ハンカ ハシェマ やまふじ インレット ゆずの里 カガシ マンシェ ナサラ ヌクレ 検索モミ カラカス スピー オリジナ 水菜 ビジョン ズーム マウンテ ドレス トカマク ムギセ ベニバ グラソース キング コード オパール オーセン クール ランボ たてじょう ブラゾーン おおみ リンス バロキ スノー ドウェー プレス プロペ いぬまき
弥生時代の道具類を材質から分類すると、大きく石器、木器・青銅器・鉄器・土器などに分けることができる。

石器には、縄文文化より伝わった打製石器を中心とする一群と、朝鮮半島無文土器文化より伝わった磨製石器の一群(大陸系磨製石器)がある。 打製石器は、石鏃やスクレイパー(削器・掻器)など、狩猟具(武器)・利器として用いられた。 石材としてはサヌカイトなどの安山岩系の岩石や黒曜石などが主に用いられ、縄文時代からの製作技術を受け継いで作られた。一方、水稲農耕の流入とともに流入した大陸系磨製石器と呼ばれる石器群には、蛤刃磨製石斧や抉入片刃石斧といった工具や、石包丁や石鎌などといった農具があり、水稲農耕技術の受容にともなう開墾や耕起、収穫に用いられる道具として、弥生時代になって新たに導入された道具類である。

青銅器は大陸から北部九州に伝えられた。 北部九州を中心とする地域では銅矛や銅剣・銅戈などの武器形青銅器が、一方畿内を中心とする地域では銅鐸がよく知られる。 北部九州や山陰、四国地方などに主に分布する銅矛や銅剣、銅戈などは、前期末に製品が持ち込まれるとともに、すぐに生産も開始された。 一方銅鐸も半島から伝わったと考えられるが、持ち込まれた製品と列島で作られた製品とは形態にやや差があり、列島での生産開始過程はよくわからない。出現当初の銅剣や銅矛など武器形青銅器は、所有者の威儀を示す象徴的なものであると同時に、刃が研ぎ澄まされていたことなどから実際に戦闘に使われる実用武器としても使われていた可能性が高い。 この段階の武器形青銅器は墓に副葬されることが一般的で、個人の所有物として使われていたことがわかる。 弥生時代中期前半以降、銅剣・銅矛・銅戈などの武器形青銅器は、徐々に太く作られるようになったと理解できる。 一方、銅鐸は出現当初から祭祀に用いられたと考えられるが、時代が下るにつれて徐々に大型化するとともに、つるす部分が退化することから、最初は舌を内部につるして鳴らすものとして用いられたが、徐々に見るものへと変わっていったと考えられている。 また、鏡も弥生時代前期末に渡来し、中期末以降列島でも生産されるようになったが、墓に副葬されたり意図的に分割されて(破鏡)祭祀に用いられた。 このように、大型の青銅器は出現当初をのぞいてほとんどが祭祀に用いられるものであった。 このほかに鋤先などの農具やヤリガンナなどの工具、鏃などの小型武器などもみられるが、大型の青銅器に比べて非常に少量である。

青銅器は、最初期のごく一部の例(半島から流入した武器形青銅器などの一部を研ぎ出すことにより製作される事例がわずかに存在する)をのぞき、鋳型に溶けた金属を流し込むことにより生産された。 青銅器の鋳型は、列島での初現期にあたる弥生時代前期末?中期前半期のものは主に佐賀県佐賀市から小城市にかけての佐賀平野南西部に多く見られる。 中期後半までに青銅器の生産は福岡県福岡市那珂・比恵遺跡群や春日市須玖遺跡群などで集中的に行われるようになる。 平形銅剣をのぞくほとんどの武器形青銅器はこれらの遺跡群で集中的に生産されたと考えられている。 一方、銅鐸の生産は近畿地方などで行われたと考えられているが、北部九州ほど青銅器生産の証拠が集中して発見される遺跡は未だ見つかっておらず、その生産体制や流通体制などには未解明の部分が多い。

鉄器の初現は弥生時代早期とされ、弥生時代中期前半までには北部九州で工具を中心に一般化し、後期以降に西日本全域に拡散するとともに、武器や農具としても採用されるようになった。 鉄器は耐久性や刃の鋭さから主に利器として、特に工具や農具(収穫具)として用いられた。出現当初は鍛造鉄斧の断片を研ぎ出して小型の工具などとして使っていたが、中期前半までには北部九州で袋状鉄斧と呼ばれる列島製の鉄斧が出現し、徐々に西日本一帯へと波及していった。このほかに小刀(刀子)や鉄族、ノミ状工具などの存在が知られる。 ただし、この時期の鉄器は鉄素材を半島から輸入して製作されており、列島で製鉄が見られるのは古墳時代後期以降と考えられる。

弥生時代における鉄器の生産には、材料となる鉄を切り・折り取り、刃を磨き出すことによって作られる鏨切り技法と、鍛造により形を作り出す鍛造技法があることがわかっている (ごく一部の例について、鋳造により作られた可能性が示唆されているが、鉄を溶かすためにはきわめて高温の操業に耐えうる炉が必要であり、弥生時代にこのような技術が存在したかどうかは疑問視されている)。

北部九州、特に福岡市周辺地域では弥生時代中期前半までに鍛造技法による鉄器の生産が開始された。 一方、同じ北部九州でも八女市などの周辺地域では弥生時代後期になっても鏨切りによる鉄器生産が一般的であった。 瀬戸内地方でも、弥生時代後期までには鍛造による鉄器生産が伝播していたが、技術的には北部九州のそれよりも明らかに低い水準にあり、同時に鏨切りによる鉄器製作も普遍的に行われていた。

弥生時代後期には、玄界灘沿岸地域の遺跡から鉄器が大量に出てくるが、瀬戸内海沿岸各地方や近畿地方の遺跡からはごくわずかしか出てこない。つまり玄界灘沿岸地域が鉄資源入手ルートを独占していたと推定されている。それゆえに、鉄資源の入手ルートの支配権を巡って戦争が起こったのではないかと考えられているが、今はまだ考古学的に立証することができない。戦争が起こったと仮定すれば、近畿地方の大和勢力を中心に、広域の政治連合、例えば邪馬台国連合のような同盟ができあがっていたとことが想定されている。

土器は、弥生土器と呼ばれる、低温酸化炎焼成の素焼き土器が用いられた。 縄文時代の縄文土器と比べて装飾が少ないとしばしばいわれるが、実際に装飾が少ないのは前期段階の土器と中期以降の西日本、特に北部九州の土器で、そのほかの地域・時代の土器にはしばしば多様な装飾が施される。 器種として主要なものに甕・壷・高坏があり、特に壷は縄文時代には一般化しなかった器種で、弥生時代になって米が主要な食糧となったため、貯蔵容器として定着したと理解されている。

土器の生産は集落ごとに行われ、集落ごとに自給自足によりまかなわれたと漠然と考えられているが、土器生産に関する遺構はほとんど事例がない。 最近、土器の焼成失敗品や、強い熱を受けたために器壁が薄くはじけるように割れた土器に注目して、大規模な集落で土器が集中的に生産された可能性が提起された。 また、土器の形態は地域性をきわめてよく表すため、その特徴に着目して他地域から搬入された可能性の高い土器と在地の土器とを峻別し、土器はこれまで思われていたよりもずっと多量に移動している可能性が指摘されている。

木器は主に食膳具や耕起具として使われた。特に食膳具には漆を塗ったり細かな装飾を施すなどした優品が多いが、木器は腐るために良好な状態で出土する例はまれであり、詳しいことは未だよくわかっていない。